宇宙の謎を哲学的に深く考察しているサイト

「水槽の脳シミュレーション」に関する補足

■第二章

シミュレーション仮説が意味する現実の正体とは

無限後退問題の解決方法



第二章で永遠の水槽の脳シミュレーション仮説を取り上げたが、それについてカバーできなかった事をここで取り上げる。

では早速、意識、脳、コンピュータ、情報がどのような関係にあるのかまとめてみる。

まずこの理論が正しいのであれば脳と意識の関係脳とコンピュータの関係が現在一般的に思われているものと随分違ったものになる。

というのも純粋な魂だけで存在可能な世界に生きている住人の人生を創り、それを経験できる可能性を考慮すると、脳の存在「現実世界」においては必ず必要とはならないと考える事ができるからである。

どのタイプの現実も上の層のコンピュータで全ては制御されているので脳が(その世界に)存在せずとも知的生命体として生きて行ける可能性がある。

つまりこれが意味するのは「脳」と「コンピュータ」は基本的に同一の存在であるということ。

人の脳動物の脳もそしてAI(強いAI)性能やデザインに違いがあるだけで基本的に全て同じといえる。

さらにその二つはどちらも「情報」で構成されているので「脳、コンピュータ、情報」は全て同一であると考える事ができる。

ここでデヴィッド・チャーマーズ(Wikipedia)が考える情報の二相理論の図を持ってきて説明してみる。

この世界の本質的な所には、ビット列のようなもので構成される抽象的な情報空間がまずあり、その情報空間が物理的性質現象的性質という二つの性質を持つ。

とのことだが、永遠の水槽の脳シミュレーション仮説が正しい場合それは正しくないことになる。

論理→情報→現象的性質という流れになる。

では今のをもっと詳しく分解して図にしてまとめてみる。(逆に分かりにくいかもしれないが)

この理論が正しいのなら現実(宇宙)は三層構造で機能している。

まず「神の頭脳」(完璧なコンピュータ)「脳/コンピュータ=情報」のソース(源)としてトップに存在している。

ちなみにそれが科学的に説明可能かは分からない。おそらく絶対に無理だろう。

「意識」や「存在」の謎は永遠にこのような推測でしか語れないはずである。

しかし脳とコンピュータは情報で説明可能なのは間違いない。だからこれは基本的に同じ意味になる。

そしてその下に現象的性質、つまり現実(ある存在の視点から見た世界)が存在している。

ちなみに物質的性質は現象的性質(意識)が感じ取っている幻にすぎないのでどの層にも存在していない。

物や空間といったものは純粋な錯覚ということになる。(意識の外に単独で存在していない)

たとえばこの現実世界から見ると物質である脳が意識を生んでいるように見えるが、しかし物理的な意味での脳の存在は意識の錯覚にすぎず、更に脳と意識の関係すら上の層の情報(論理)に依存しているので、つまり、この理論が正しい場合この現実の世界では脳はたまたま(知的生命体として生きて行く上で)必要不可欠な"設定"となっているだけである。

その設定が存在する理由については後回しにするとして、ちなみに意識の主が神とならない理由は現象的性質が情報の制御下にあるからである。(その理由についても後述)

だから意識の主ですら念じて物を動かしたり、思った通りに現実をコントロールできないわけである。少なくとも自分はそうだ。

そしてポイントはシミュレーション実行側の世界が現実には存在しないという部分。

この仮説が正しいならシミュレーション終了後、つまり死後、シミュレーション実行側の世界で(例外を除き)目が覚めるはずなので現実として存在しているように思える。

しかしこれは究極的に見るとそういう意味にはならない。

なぜなら意識の主にとっては目が覚めたその世界が次の現実(シミュレーション内の世界)になるからである。

つまり本当の意味でのシミュレーション実行側の世界にはいつまで経っても辿り着かない

水槽の脳シミュレーションのシステムが存在する"設定"の現実に辿り着くだけというわけである。

つまり情報が意識経験(現象的性質)を形作っているので"意識の主"が神ではないわけだが、しかし意識と神の頭脳の意味が同じなのであればこれはちょっと妙である。

今のを砕いて説明すると意識の主の"深層心理"が現実にルールを与える事によって「現在の意識の主」に現実を自在にコントロールできないようにさせているという感じになる。

自分で自分にルールを課しているともいえる。

これは要するになぜ神はこのような世界を創ったのか、もしくはなぜ自分は自分なのかという意識の超難問とほとんど同義である。

ただそのなぜこのような世界のシミュレーションが実行されているのかの理由を何も見つけられない場合、それを理由としてシミュレーション仮説を否定する例もある。

(2016年に行われたシミュレーション仮説の討論[外部リンク]ではリサ・ランドールがその立場であった)

だがそれは科学的でもなければ哲学的な意見でもない。

支持したくないという主張なだけであって否定の意味にはならない。

というわけでこの超難問をここから深く考えてみる。

私の考えでは大きく分けて4つのタイプが可能性として浮かんでいる。

究極の暇つぶしの為

存在を成り立たせる為

不必要な記憶を消去する為("ふるい"を掛けている最中)

不自由さを知っていた方が"自由"の価値が分かるから

「究極の暇つぶし」というのは、簡単にいうなら全てを知っていたら暇だから絶対に飽きが来ないシステムを作りその中で神が暇を潰し永遠の時間を過ごしているという感じである。

つまり意識の主が自分自身にルールを課している理由はゲームの縛りプレイと同じ要領ということになる。

ルールが存在しないとそもそもゲームにならないという点を考慮しても辻褄が合う。物理法則はその為にあるのかもしれないわけである。

そして現在の意識の主はその神のアバター(主人公)で意識の主以外の存在は仲間だったり敵キャラだったりという具合になる。

要するにこの宇宙(人生)は上の層の暇つぶし目的で作られた高度なVRゲームという事になる。

ちなみにこの話とほとんどそのままの事が描かれたカートゥーンがある。

詳しくは知らないがリック・アンド・モーティというやつである話の中にそれがある。

現在取り上げている事のイメージを完全に掴めていない人はこのクリップを見てほしい。それがちょうど今話している人生VRゲーム説である。

YouTube "Roy: A Life Well Lived | Rick and Morty"(22秒からこの事がスタートする)

ただ紹介はしたが、これは深みがないしそれにマゾヒスト的だから支持する気にはならない。

無限にその理由が続くと考えたら支持したいと思う人はいないだろう。

とはいえ、なくはないと思う。

なぜならどう見ても人生にゲームの要素があるのは確かだからである。

暇つぶしが"究極的"に見ると人生の目的としてある可能性は否定できない。

100%じゃなくとも、30~50%ぐらいは感覚的にある気がする。

※ただしだからといって人生が上の層のゲーム目的で作られているとはならない。それは意味が同じようで違う。

「存在を成り立たせる為」というのは前回説明したように全てを知っていると、その先出来る行動が何もない。(その先の行動すら全てに含まれているから)

つまりそれは存在していないのと変わらない

このシステム無しじゃ現実は成り立たないので、だから必然的に"このような形"で現実が存在している、という意味である。

最初の仮説よりは深みがある。

しかし目的が何も見えないのでこれも同じく単独だと支持する気にはならない。

「不必要な記憶を消去する為("ふるい"を掛けている最中)」というのは、これはシミュレーション仮説の倫理問題と大きく関わっている。

そしてこの可能性がさっきの人生VRゲーム説を単独の意味で消している。

ただこの話はかなり複雑なので第四章から取り上げる。

そして「不自由さを知っていた方が"自由"の価値が分かるから」というのは古くからある不幸が存在する理由は幸せを理解する為という考えと同じである。

これは実際あると思うが、しかし、これ単独でも支持する気にはならない。

なぜなら幸せの"理解"だけが目的なら、他にいくらでも良い方法があるように思えるからである。

何でもありにも拘わらずわざわざ"これ"を経験しているのには何かそれ以外の理由があるだろう。

一々こんな面倒な事しなくても「完璧な世界」の中でも簡単に理解できそうだが。

だからこそこの現実が終わった時に待っている死後の世界(次の現実)がより素晴らしく思えるというこれも古くからある考えに結びつけようと思えば結び付けれるが、しかしやはりこれ単独じゃ非効率的すぎてとても支持する気にはなれない。

という具合にそれぞれ単独で考えると一体何の為にという感じになってこの理論を否定したくなる気持ちも分かるが、しかし様々な理由を総合的に合わせて考えると、見えてくるものがある気がする。

ただここでちょっと前の疑問に戻ってみる。

先ほどこの理論が正しいなら脳はたまたま(知的生命体として生きて行く上で)必要不可欠な"設定"となっているだけと言ったが、これはこの問題を考える上での一つのヒントといえるだろう。

脳の存在だけじゃなくさらに科学の存在もそこにあるのも注目。

前回持ち出したイデア論として考えると、つまりこの宇宙(人生)は論理的なイデアをベースに創られている。

ちなみに非論理的なイデアは物理法則が理論的な意味で存在しないような設定の世界を指す。(魔法が存在する世界など)

ニック・ボストロム先祖シミュレーション仮説(未来人が過去の歴史を再現している説)を立てていたはずだが、確かにその可能性は0%じゃない

なぜならそれだと上の層の世界(シミュレーション実行側)を元にして作られてあるから、だから物理法則や脳があると説明できる。

さらにとても完璧とはいえない世界である事にも辻褄が合う。

論理的なイデアを元にすると確率的に良い世界にはならない。(と思われる)

だがその仮説には大きな穴…というか、問題点がある。

それは、その世界の"完璧な過去"はその世界じゃシミュレーション不可能であること。

過去に似せた推測の世界しかその世界では作れない。(掘り出した骨から恐竜の全体像を再現するのに近い)

しかもこの水槽の脳仮説だとある人物から見た視点で宇宙が存在しているわけだが、その人物も未来に残っているその人物に関するデータを元に推測して過去の人生を復元しているので本当の過去の経験を再現していることにはならない。

それになぜこの人生なのかは先祖シミュレーションが正しくとも結局何も解決していない。

なのでシミュレーション仮説が真実だとしても、先祖シミュレーション仮説は間違っている気がする。

いや、分からない。

不完全バージョン(ノンフィクション小説のようなもの)でもカウント出来るなら先祖シミュレーションはありえる。

だがこの問題は基本的には「現在の意識の主の死後」にしか判明しないので何ともいえない。

可能性が無数にあり過ぎて簡単に結論を出せるものじゃない。

というわけでこの問題も一旦置いておこう。

では今から話題を変えて前回完全にカバーしなかった量子力学の解釈との関連に話を移す。

量子力学との関係へつづく。