シミュレーション仮説が意味する現実の正体とは
■第一章
ブライアン・ウィットウォースの挙げるこの宇宙がコンピュータシミュレーションである11の理由
第一章でシミュレーション仮説に関する基本的な問題は押さえたのでここからはもっと深くこの仮説の意味を追求していく。
まずシミュレーション宇宙には大きく分けて二種類の意味がある。
・シミュレーション内から見た現実
・シミュレーションの外から見たシミュレーション内の世界
もしこれを読んでいるあなたがこの宇宙にいる自覚があって意識を持っている自信があるのであればシミュレーション内から見た現実は存在するという事になる。
そもそも存在しなければシミュレーションを実行している宇宙をシミュレーションしている宇宙の…という無限後退によって全ての宇宙には意識が存在しない(神の視点しか存在しない)となるのでその可能性はそもそも除外することは出来ない。
だがシミュレーション内から見た現実にもいくつか考えられるパターンがある。
1.シミュレーションの外にいる存在がオンラインゲームの要領でシミュレーション内のキャラ(人物)に入り込んでこの世界を観察している
2.純粋にシミュレーション内の存在として生まれ、人生を経験している
3.シミュレーションの外の存在がシミュレーション内のある人物の人生を経験する為にシミュレーション実行側にいた時の記憶を完全に忘れる形でその人物に入り込んで現在シミュレーション内で生きている
1番目の可能性はいわゆる宇宙人が人間に化けて地球でこっそり暮らしている説とほぼ同じ。
ただ宇宙人ではなく宇宙外の存在なのでつまりこれはシミュレーションの外から見たシミュレーション内の世界と意味は変わらない。
というわけでこのアバター説は考慮する必要がないので無視。
では2番目の可能性はどうか。
意識があってここにこうやっているのだからシミュレーション仮説が正しい場合普通にあり得ると思うだろう。
だが3番目の可能性を考慮すると、そう言い切ることはできない。
例えばシミュレーション内で生まれたある人物の経験をシミュレーション外の存在が知るにはその人そのものになる必要がある。
テレビ感覚で見てもそれはその人の本当の意味での経験を知ることにはならない。
(それは基本的に映画のトゥルーマンショーである)
だからといって現在の記憶を持ったままその人になると1番目の可能性と何も変わらない。
つまりある人物の経験を完全な形で知るには、その人物でいる間はシミュレーション実行側にいた時の記憶を思い出せないようにする必要がある。
そんなことが可能なのかどうか答えることは出来ないが、宇宙をコンピュータ上で完璧に再現するよりは簡単だと思える。
というのもある人物の経験を知ることが目的でシミュレーション宇宙が創られたのであれば、わざわざ全宇宙をシミュレーションする必要はない。
太陽系どころか地球どころか、その人物から見た範囲でのみ宇宙を再現すればいい。
つまりシミュレーション宇宙制作の為に惑星サイズのコンピュータとかそういうのを作る必要がなくなる。これはかなりのエネルギーの節約になる。
さらに宇宙の全性質を完璧に把握する必要もない。
というのもこのタイプのシミュレーション仮説では脳機能の解明が最も重要なので宇宙に関する知識が不完全でも実行可能。
つまりその人物から見た範囲の宇宙のシミュレーションすら完璧じゃなくてもいい。
この目的は人生経験であるから、たとえば量子力学の部分などは本当に細かくコンピュータ上で再現せずにあるように見せかけるだけでも問題ない。
というか量子力学に限らずあらゆる物理法則にも同じことがいえる。
経験するシミュレーション内の人物が物理法則が宇宙に存在すると信じさえすればいい。
つまり求められる文明のレベルが極端に高い必要がなくなる。
たとえば夢を見ている間はそれが夢である自覚は(例外を除き)ないし、起きている時の記憶を通常の感覚で思い出すことは出来ない。
そのような脳の機能を分析し、更に脳の感覚器官への反応などの神経の研究と統合すれば、特に不可能とは思えない。
そこに人生設計用のシミュレーションプログラムを加えればこの説は完成する。
要するにこれは「水槽の脳」に近いタイプのシミュレーション仮説である。
そしてこのコンセプトはシミュレーション仮説を考える上で極めて重要だと思える。
なぜならシミュレーション仮説に潜む問題点で挙げた無限後退にまつわる様々な問題を解決できる可能性があるからである。
さらに意識の問題も解決はしないが、現在よりも大きく進展するのではないか。
どういうことか早速説明しよう。
まず水槽の脳が"宇宙の真実"だと単純に仮定することは出来ない。
なぜなら「水槽の脳の水槽の脳の水槽の脳の…」という具合に無限後退によって弾かれてしまうから。
だが水槽の脳のアイディア自体は不可能ではない。
つまり宇宙の真実じゃなくともそのような形の現実はあり得る。
一体それが何を意味するのか、それはこの現実が水槽の脳で成り立っていると仮定したら見えてくる。
水槽の脳タイプのシミュレーション仮説は神の視点から見た宇宙ではなくある特定の人物から見た視点でのみ宇宙が存在している。
つまりそれは、ソリプシズムと基本的には変わらない。
(ソリプシズム=世界に自分以外の意識は存在しない)
だがこのソリプシズムは古典的なソリプシズムとは種類が違う。
古典的なソリプシズムでは自らの経験が全てで見えない範囲の世界は基本的には存在しない扱いである。
しかしこれは見えている範囲もだが見えない範囲も含め全て情報(コンピュータ)で制御されている。
さらにその現実がソリプシズムであったと気づくのは基本的にはそのシミュレーションが終わった後である。
つまりシミュレーションが終わり目が覚めるとそこにもこのように現実が存在し自分以外の存在もまず間違いなくいるだろう。
なのでこのタイプのソリプシズムは古典的なものとは意味が違うのである。
とはいえ、このモデルが成立するのであれば、現実というのは基本的には"ソリプシズム的"であるという可能性は否定できない。
ちなみに私の考えとしては多分それで間違いないと思っている。
※「シュレーディンガーの猫」と「意識解釈」の中ではソリプシズム的な宇宙論を否定したがそれは量子力学の解釈としてであってこの場合はデジタル物理学の解釈として肯定しているので意味が違う。
それにこのモデルのソリプシズムにはその中で言った高次元の意識理論が実際に説明可能になる。
例えばこの現実が本当に水槽の脳タイプのシミュレーションで成り立っているとしても自分から見た他の人々は完全な哲学的ゾンビと言い切ることは出来ない。
なぜならその自分以外の存在は今の自分を体験している「意識の主」が以前体験した、もしくは今後体験する存在の可能性があるからである。
さらにその「意識の主」の脳は現在の人間の脳の機能より格段に優れており別々のシミュレーション人生を同時に体験している可能性だってある。この場合前後は存在しない。
他にも例えば「別の意識の主」が"この世界"に該当する自分以外の人生を経験しており、その「意識の主達の人生」は更に上の層の水槽の脳のシミュレーションによってある一つの意識の主が経験している、というパターンも考えられる。(言ってること分かる?)
なのでこの説はソリプシズム(独我論)なのだが、イデアリズム(観念論)的でもある。
(自分以外の意識経験も存在したと未来で明らかになる可能性が常にあるから)
そしてこの説の強みは反証不可能にも関わらず実際に証明する事は可能(に思われる)であること。
その証明方法は二つある。
1.それを実際に制作する
だが単に制作するだけじゃそれが本当に機能するか分からないので最低でも一度は水槽の脳シミュレーションを体験する必要がある。(人が体験したのを見たり聞いたりするだけじゃ駄目)
しかし体験中はそのシミュレーション人生しか思い出すことは出来ないので本当に証明される瞬間はシミュレーション終了後、つまり二つ目の方法に掛かっている。
2.死んでみれば分かる
この理論が正しいなら、死後それが判明する。(例外もあるがそれは後述)
というわけでこの水槽の脳シミュレーション仮説は基本的に転生を意味している。
ただしこの転生の概念は古典的なスピリチュアルなものではなくコンピュータ制御で行われているので従来の宗教的な意味とは違う。
(宗教的に捉えることも出来るが古来の何かの宗教の教えとは区別して考えることになるだろう)
実際これは転生のみを意味するとは限らない。(後述)
他にもこの説は従来だと解決不可能に思えた中国語の部屋、スワンプマン、逆転クオリア、メアリーの部屋などの哲学的難問(意識のハードプロブレム)が完全に解決されるとは言い切れないが、少なくとも考慮しない場合と比べると格段に取り扱いやすくなる。
その例を挙げてみる。
シミュレーション人生として経験可能なのであればAIが意識を持つことは可能となる。(これは動物にも当てはまる)
スワンプマンのような人生を送るシミュレーションを作って実行すれば同一の意識が経験しているとなる。
そして逆転クオリアは「意識の主」が様々な人生を経験すれば判断できる。
※ただし今のはあくまで一例にすぎず実際はこのような単純な話ではないので詳細は哲学の項目にある個別の分析をご覧ください
このようにこの理論は哲学的に色々と応用が利く。
世界五分前仮説のような従来のものと違い科学技術(情報理論)がベースとしてあるので弱点がない。
だがちょっと待った。
無限後退の問題はどうなるのか?
それについては次の無限後退問題の解決方法へつづく。